消費的バルーン思考

ゲームが好き①

ゲームが好き①

 自分はゲームが好きです。好きなはずなのですが、たまに自信がなくなります。

 高校を卒業した後、貯金で中古の2DSを買うまで、自分はゲーム機を持っていませんでした。ニンテンドーDSも、Wiiも、買ってもらえませんでした。お金がなかったわけでも、私の素行が悪かったわけでもありません。ただ父親が「絶対に買わない」と決めていたらしいので、それらが手に入ることが無かったのです。自分のおこづかいで買ってもいいかと聞きましたが、だめでした。しかし、私はゲームをしたかったのです。

 当時通っていた床屋にはFC/SFC/64などのレトロゲーム機があり、兄が散髪してもらっている数十分間のプレイをとても楽しみにしていました。お気に入りは『マリオ64』と『ヨッシーストーリー』でした。*1また、最近は見かけなくなりましたが、ヤマダ電機とかにはゲームの試遊台がありましたよね。数分間で終わる体験版を、何度も繰り返しプレイしました。
 小学三年生になって学童をやめてからは、放課後に友達と遊ぶことができるようになりました。友達たちが校庭の半分埋まったタイヤに座って『ワンピースギガントバトル!』や『イナズマイレブン*2をやっているのを後ろからのぞきこんでいました。のぞきこんでいると、たまにちょっとだけ遊ばせてくれたのでうれしかったです。ゲーム機を持っていないことで仲間外れにされたりはしなかったので*3、みんないい人たちだったと思います。
 友達の家にも遊びに行きました。ある友達は、もう使ってないGBAで『ポケモンエメラルド』を遊ばせてくれたので、家に行くたびに少しずつ進めました。思い出のゲームです。最初にキモリを選んだらとても苦戦しました。ある日、「キモリ弱いからセーブ消しちゃったごめん」といわれて、ミズゴロウで上書きされたセーブを渡されました。はじめは悲しかったですが、ミズゴロウの方が強かったので良かったです。DSはあんまり触れなかったのですが、Wiiは一緒にプレイすることができるし、グラフィックが綺麗なので好きでした。友達はゲームを大体遊びつくして飽きているので、よく「外でサッカーしよう」と誘ってきました。サッカーは苦手だったけど、ゲームをやるために仲良しでいたかったので我慢しました。

 思い返すと、いろんな友達の家に遊びに行きました。一時期は女子のグループにまざって遊んだりもしました。ゲームを遊べるなら誰の家でも良かったです。より長い時間ゲームを遊ばせてくれそうな友達を探していました。友達はそんな私の心中は知らないので気にしてなかったと思いますが、彼らの親御さんは迷惑していたかもなあと今になって思います。中学校に入ってからは友達と遊ぶことがほとんどなくなりました。

 当時の友達たちとは、今は誰とも親交がありません。どこで何をしているかも知りません。そしてみんなに対して少しずつ、もうしわけなさを感じています。

 ゲームを遊んでいるとき、たまにそんなことを考えてしまいます。

シリーズ化決定!

 まだまだ書きたいことはありますが、キリがいいので一旦切ります。

 これが最初の記事で言っていた「長年引きずっていること」でした。よくある話ですね。こんなんもうネット上で語りつくされて味がしないような話題だとは思います。でもこれは私のブログなので、語りつくされたことをいくら語っても良い。うれしい。

 負の思い出を掘り返しながら描くのは結構しんどいですね。しんどいので思いきって母親に当時のことを聞いたら、だいぶ気は晴れました。なんというか、それぞれにそれぞれの事情が色々あるよなあとは常々思っています。いずれ父親とも話したいけど、父親と話すの苦手。

 別に親を責めたいわけではないのです。*4ただ、過去にこういったことがあっていやな気分だったという事実を書きたかった。こういったことを誰にも言えぬままに死ぬのは、いやだなあという気持ちなのです。(別に死ぬ予定はまったくないです)

6/18追記
できるだけフラットに淡々と事実だけを述べるように心掛けたつもりなのですが、なんか心の中の『かわいそうと思われたい欲』みたいのがどうしても文ににじみ出ている感じがある。私の心の中のエボシ御前が「賢しらにわずかな不運を見せびらかすな」と連呼しています。

*1:どちらもちょっと雰囲気が怖い

*2:ダイパはすでに下火だった

*3:記憶がないだけかもしれないけど

*4:カテゴリーに『怨念』だのとつけてはいるが